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【療育プチコラム】社会的参照~情緒的やり取りは新しいことに挑戦する力になる~

【社会的参照】  子どもが初めての人や物,出来事の遭遇した際に大人の方を見て,その後に大人が示す情動に合う形で新しい状況に対処する行動のこと。

心理学辞典,有斐閣

新しい場面に出会ったら

人は初めての出来事や知らないことがあると,どの様な行動を取ったらいいのかわからなくなりますよね。
赤ちゃんにとってこの世界は,まさに初めての知らないことだらけの世界です。 そんな世界で赤ちゃんはどうやって自分の行動を決めているのでしょうか。

危ないことがあったらどのようにそれを察知して危険を避けるのでしょう。 安全なことでも,それが安全と分からなければ挑戦するのは怖いですよね。

赤ちゃんは安全か危険かを,主に養育者などの大人を見て判断しています。 これが,「社会的参照」と呼ばれる行動です。

社会的参照とは

「社会的参照」とは,初めて出会う場面や,赤ちゃんが自分だけの経験や知識では判断に迷う様な場面で,主に養育者の方を見て自分の行動を決める行動の事です。

赤ちゃんは,養育者の表情や声などの情緒的情報を参考にして,養育者が「笑っていれば」安全などと状況を解釈するのです。 この様に,他者の情緒表出を社会的に参照することで,見知らぬ場面や曖昧な場面で自分の行動を決めていきます。

いわば,「養育者の顔色を読み取って」安全か危険かの判断材料にするのです。

視覚的断崖の実験

社会的参照の実験として有名なものに「視覚的断崖実験」というものがあります。 これは,半分がガラス張りになっていて下が透けているベッドの上に赤ちゃんをのせるというものです。

赤ちゃんは,進んでいくと床が透けているのでこのまま進んでいいのか不安になります。 そこで,ふと親の方を見ると,親は微笑んでいる。よし,これはこのまま進んで大丈夫だとそのまま進む。

一方,親の方を見るとすごく不安そうな顔をしている。あれ,これはこのまま進んだら危ないかな,と待っておこうと止まる。

この様に親の表情などを参照する能力は,一般的に生後9か月ごろからできる様になるといわれています。

社会的参照ができる様になるための要因

では,社会的参照ができる様になるためにはどのような能力が必要なのでしょうか。
社会的参照は,大人の方を見て情報を得ることと,大人の情動に合わせて行動を調整するという二つの要素が必要です。

そのためには,まず他者が何かしらの意図をもって行動している存在として認識することが不可欠となります。 他者の表情が変化する,声のトーンが変わるという事は,何かしらその変化をもたらした背景があり,何かしらの意図をもって変化しているという事の理解です。

もう一つは,大人の情動に合わせて行動を調整するためには,大人の表情などからどの様な情動状態なのかを判別する能力が必要になります。 声のトーンがいつもよりも上がっている時は,何か不穏なことが起きている。 大人の表情がいつもよりもこわばっている,恐怖の表情をしている!これは何かヤバい!
と,ここまで具体的には考えていないかもしれませんが,その様な声や表情の変化と情動の変化を赤ちゃんが判別することで,その後の行動を調整していきます。

社会的参照の基は情緒的やり取り

この様に,社会的参照には大人との素直な情緒的やり取りが必要になります。
自分が発した情動に対して養育者などが反応を返してくれるという,「情動調律」や情動への応答的体験を通して,赤ちゃんは大人との情緒的やり取りを学んでいくのです。
情動調律について詳しくは

療育へのまなざし

一般的に,自閉症の子は社会的参照が苦手だと言われています。
その要因としてあげられるのは,心の理論の未発達さと情動理解の困難性です。
心の理論について詳しくは

自閉症の子にとって,まず他者が個別の意図の有る存在として認識し,その個別の意図を理解することはなかなか容易なことではありません。 自分と異なる意図を持っていること,またその人それぞれの意図の理解は,自然と身につくものではなく,ある程度の知識として学習することも必要です。

そして,それと伴って他者の情動理解の困難さは,他者が示す表情や動作の意味を読み取ることが難しかったり,声の微妙なニュアンスに気づきにくかったりするためです。
社会的参照をするためには,
①大人の方をみるという情報探索の段階
②大人の情緒的情報を読み取って自分の行動調整をする段階 という,2つの段階があります。

実験場面では,実は自閉症を持つ子も①の情報探索は行っている,つまり自分の力だけでは意思決定が困難な場面で大人の方に注意を向けているそうです。 しかし,実際の行動の調整をする場面では,行動の変化に失敗している子もいました。

行動の変化に失敗してしまったこと成功した子では,知的水準に差がみられ,どうやら他者が示した情緒的情報の理解やその後の行動調整の段階でつまづきがあったようです。
この事から考えられるのは,社会的参照の苦手さを持つ子でも,知識やスキルとして他者の行動や情動に対する理解を深めることで,他者から受け取った情報を基に自分の行動を調整することができる様になる可能性があるという事です。

もちろん,こだわりや行動変容の抵抗性という要因もありますが,ひとつの参考になる知見です。
新奇場面での行動を考えるときに,他者を参照するという行動は,療育の場面でも多くみられるシーンだと思います。 新しい課題に取り組む場面,また,新しいおもちゃと出会う場面など。

自閉症を持つ子でも他者を参照するという事は,「自閉症の子にもわかりやすいような安心できる表情や雰囲気」を出すことで,新しい課題への取り組みを促進できるという事でもあります。 「励まし」と近い考え方ですが,励ましは言葉によって鼓舞する部分が強いかもしれませんが,社会的参照による子どものやる気の促進では,新しい場面で子どもが不安になっている気持を緩和し,

「大丈夫」と言外で後押しする方により重点があります。

分かりやすい形(表情や声のトーンでより大げさに分かりやすく)で安心を伝えることは,自閉症の子に対しても社会的参照を促すための最初の一歩になるのではないでしょうか。

ABOUT ME
まっつん|発達支援の心理屋
〈記事監修〉公認心理師/社会福祉士 大学・大学院で臨床心理学を専攻。主に愛着(アタッチメント)の発達とその認知過程について研究を行う。大学在学中より培ったグループワークを活かし放課後等デイサービスで発達障害を持つ子の支援にあたる。現在は発達支援の情報発信をしながら支援に携わる人に向けた「支援する人も楽になる働き方」コンサルやアドバイザーをつとめている。
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