【情動】 感情の動的側面が強調される場合に用いられてきた用語であり,急激に生起し,短時間で終結する反応振幅の大きい一過性の感情状態また感情体験をさす。
心理学辞典,有斐閣
感情の安定性の個人差に関わる要因
人はそれぞれ日々の生活の中で,個々異なる感情を体験しています。 おなじ,「嬉しい」といった感情でも,受け止め方やその感情が沸き起こってくるきっかけは違うもの。
嬉しいなどのポジティブな感情とは反対に,ネガティブな感情の時もそれぞれ人によって感じ方やその抑え方,落ち着くための方法などは異なるものです。
では,その感情の調整や安定性の個人差はどの様な要因から生じるのでしょうか。
特にこの記事では発達の観点に注目して感情の調整について見ていきましょう。
感へ影響を与える要因には「愛着/アタッチメント」や「性格特性」などいくつかの要素があります。それらの要素が複合的に作用し,個人の感情体験を作り上げていきます。
そして,「愛着/アタッチメント」や「性格特性」など感情に影響を与える要素は乳幼児期の子どもと養育者とのやり取りをベースにして次第に形成されていくのです。この乳幼児期の経験に大きな影響を及ぼすのが「情動調律」というやり取りです。
「感情」と「情動」
本題に入る前に,簡単に「感情」という用語と「情動」という用語について整理しておきましょう。
「情動」とは,一般的に知られている「喜怒哀楽」などのイメージです。 喜怒哀楽の様な,通常一瞬で沸き起こってあまり長くは続かない心の反応を特に「情動」といいます。
「感情」は,情動よりもより広い概念です。「情動」や「気分(比較的弱くて持続的な感情状態のこと)」なども含めた総合的な心の反応を指す言葉です。
今回取り上げる「情動調律」は情動についての概念なので,想定される状況「瞬間的で強い感情状態」の時です。例えば,子どもが空腹でなくときや,服が上手く着れなくて怒るとき,ケーキを食べられて嬉しいときなど,一時的に強い感情が湧き起こるような瞬間です。
情動調律とは
音楽をやっている方なら「調律」という言葉はよく聞いたことがあるのではないでしょうか。ピアノの調律など,音楽の場合は楽器の音を合わせることですね。
音楽の調律と同じように,子どもの心の動きに養育者が情動を合わせる,対応する行動をすることを情動調律といいます。
それだけだと少し「情動調律」についてイメージしづらいかもしれませんね。
例えば,子どもが嬉しそうにしている時に「嬉しいねー」と言って一緒に微笑むことも情動調律の一つの例です。 他にも,子どもが上手くいかないことがあってくやしそうな時に,一緒に眉をひそめながら肩を落としくやしがるなども。
近い言葉は「共感」ですね。
ただし,共感が頭や心での理解という側面が強いのに対して,情動調律はより身体的な反応も示すところが,共感と情動調律との異なる点といえます。
情動調律は発達にどう影響をするの?
情動調律を頻繁に十分受けた子どもは,自分の情動は他の人に伝わる,共有されうるものだと認識することができます。
これは,自分の抱いた思いや感情に対して自信を持つことにもつながります。
反対に,自分の情動を共有されないと寂しいですよね。寂しいだけならまだいいのですが,思いや感情を共有されない経験が続くと,自分の感情を押し殺したり,なかったことにするようになっていきます。 これは,「抑圧」や「否認」という心の動きです。抑圧・否認された感情も意識に上らないだけで,”なかったわけではない”ので知らず知らずの間に心身に影響を及ぼすようになります。
情動調律には,子どもの感情状態を明確にしたり,子ども自身が他の人が自分の情動にどう対応してくれるかを学ぶ最初のきっかけになるのです。
また,情動調律を頻繁にしてくれる相手に対して,子どもは「情緒的利用可能性」を高く認識します。 「情緒的利用可能性」とは,ポジティブな感情の時は一緒に喜びその気持ちを増幅してくれたり,ネガティブな感情の時には慰めてくれるという可能性がどの程度あるかという認識の事です。
子どもは自分の心の安定のために,「この人は感情の変化にどれくらい影響してくれるのか」を無意識に学んでいくのです。
子どもから見たときに,周囲の人の情緒的利用可能性が高いことは,感情や愛着の安定性,引いていは心理的健康へとつながっていく大切な要素なのです。
療育へのヒント
発達障害を持つ子の中には「自分の感情」に振り回される事で困難さを感じたり,傷ついたりしている子は少なくありません。
ADHDの子に多いいわゆる”かんしゃく持ち”の様なタイプと知的障害を伴う自閉症の子に多い感情が表に現れにくいタイプと,それぞれその特徴は異なりますが感情を上手く調整できないことから不適応を示すという点は共通しています。
それぞれのタイプごとの対応については別の記事で書きたいと思いますが,共通の部分に関して言えば,自分の感情を明確化していく作業がお互いとても有効になります。
感情の強いタイプでは,強すぎる感情ゆえにその感情に飲み込まれて我を失ってしまう。 一方,自閉症タイプでは感情が未分化だったり混ざり合ったりしていて,混とんとしている。だから,強い感情状態になるとパニックを起こしてしまう引き金にもなってしまう。
なので,どちらのタイプでも周囲の大人や援助者が率先してその子の感情に寄り添って「調律」していくことで,その子が感じている感情を明確化させていく手助けにつながります。 さらに,その際には感情に対して「名前をつけていく」作業を合わせてしていくと,より自分の感情を整理できるようになっていきます。
名前をつけていく作業は,「感情のラベリング」といい,その子の感じている感情状態に合わせて「今は○○という気持ちなんだね」とその感情に名前付けをしつつ,気持ちの整理をしながら感情に意識を向けてもらいましょう。
情動調律や感情のラベリングをしていく上で大切なことは,ネガティブな感情こそ受け止めるということです。
怒りの感情や悲しみの感情などは受け止める方もとてもエネルギーを使います。
エネルギーを使える状況になるように養育者や援助者を周囲がサポートしていくことも非常に大切です。 併せて,エネルギーが切れかけてきたときは,周囲を頼ったり趣味の時間等を使って気持ちのエネルギーを回復することも必要です。
自分の力だけでは回復しきれないほどエネルギーが枯渇していると感じるときは,カウンセリングなどの専門機関を頼っても良いでしょう。
情動調律は,母親や家族だけがやらなければならないことではありません。 むしろ,養育者と併せて学校の先生や地域の中で自分の情動を共有された経験は,その子の情動の発達にプラスの影響を与えます。
ついつい,感情の話になると「母親第一主義」の様な論調になりがちです。ですが決して母親だけがその責任を負わなければならないことではないのです。
ぜひ,この記事を読んでいる学校や保育園の先生などいましたら,母親や家族につぐ「近しい養育者」としてその点も覚えておいてもらえればと思います。 もちろん子どもの心をつかむのが上手い先生の中には,意識的にも無意識にもこの情動調律をすでにされてらっしゃる方も多くいると思います。
このように子どもの成長に携わる大人の情緒的利用可能性を高めることも,子どもたちのその後の情動調整を上手く発展させていくために重要なポイントです。