【発達の最近接領域】
ヴィゴツキーは,子どもの知的発達の水準を二つに分けて考えることを提唱した。一つは,自力で問題解決できる現下の発達水準であり,もう一つは,他者からの援助や協同によって達成が可能になる水準である。彼は,この二つの水準のずれの範囲を発達の最近接領域とよんだ。
新しい機能の獲得と教育の意義
「親はなくても子は育つ」と言いますが,人の発達に他者の影響は無関係なのでしょうか。
発達に与える他者や社会の影響について言及したのが,ロシアの心理学者ヴィゴツキーです。
ヴィゴツキーは社会歴史的立場から,発達に社会や文化が与える影響を研究しました。 ヴィゴツキーは発生的分析や高次精神機能の社会的起原,道具・記号といったキーワードを展開し,人の精神活動とその発達を説明しようとしました。
その中で,出てきた考え方が,「発達の最近接領域」というものです。
発達の最近接領域は,人の高次精神機能が発達していく過程で,次の段階の機能を獲得する手前の段階を指します。 自分一人だけの力で問題を解決できるレベルと,誰かに助けてもらえば問題解決できるレベルの間にある,「ひとりではできないけどちょっと手助けしてもらえばできるレベル」を発達の最近接領域と呼びます。
例えば,算数の問題を解こうとしたときに,一人では悩んでいて解けない問題も,人からヒントをもらうことで解けるときがありますよね。 そして,次第にヒントをもらわなくても自力で問題を解けるようになってきます。
発達の最近接領域とは,このイメージです。
自力ではちょっと難しいけど,人のサポートがあれば解決できる水準。
ヴィゴツキーは,この発達の最近接領域に合わせて,子どもを導き,また次の段階の発達を促すための足場作りをすることを教育の目的として捉えました。 つまり,学校は「”成熟しつつある機能”を成熟させる場」だと主張したのです。
足場作りとは,出来ない状態から,人の手助けがあればできる状態=発達の最近接領域を広げていく作業といったイメージです。
ヴィゴツキーの理念から見ていくと,有能な他者との共同作業は,自分がその後発展させるべき機能を先取りして取り入れることができるという見方です。 これは,子どもだけでなく大人の世界でも共通のものですよね。
自己啓発でもよく,新しい技術を身に付けたければ,一流の人がいる中に入ってしまえ,という文言を目にすると思いますが,これも他者を介して自分のできる領域を広げていくという考え方の一つなのです。
現在の水準と,そのやや高い位置にある水準。これらをつないでいくことが成長していくための教育や自己研鑽では重要なのです。
療育へのまなざし
発達の最近接領域の考え方は,療育に携わる人の中では常識の一つではあると思います。その必要性などは説明するまでもないですが,ここで改めて強調しておきたいのが,「アセスメントの重要性」です。
発達を促していく過程において,現在の発達水準を捉えておくことは必要不可欠でしょう。
現在の水準と目標とする水準の間の開きがどの程度あるか。
それこそ,現在の水準と目標の水準の間に,「他者のサポートを得てもできない」くらいの開きがあるのならば,その間に「足場」としてのスモールステップを設定する必要があります。
さらに,目標の水準に至らない原因を適切に見立てて把握しておくことも必要です。 原因の見立てを誤ると,目標に対して全く異なったルートに「足場」をつくってしまうことにもなりかねません。
常に変化していく子どもの状態像を,支援者が的確に捉え,刷新し続けることも大切です。アセスメントには検査などのフォーマルなものと,日常生活や日常の行動観察などの中で行うインフォーマルなものがありますが,常にインフォーマルなアセスメントの視点を絶やさないことは,発達の最近接領域を見極めるために重要なことです。
そして,理論としてのアセスメントと併せて,テクニックとしての「足場づくり」の技術を磨いていくことが療育を効果的に回していくための重要な両輪になるでしょう。