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【療育プチコラム】アイデンティティ拡散〜青春の悩みを科学する~

【アイデンティティ拡散】
E.H.エリクソンの人格発達理論における青年期の心理社会的危機であるアイデンティティの対を成す概念。すなわち,自己探求を続ける青年が,多くは一過性的に経験する自己喪失の状態をさす。

心理学辞典,有斐閣

「自分」を探す期間=青年期

アイデンティティとは,「自分とは何者であるのか」という自己定義のひとつです。
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【療育プチコラム】アイデンティティ~「自分」という存在~ 【アイデンティティ】 E.H.エリクソンの人格発達理論における青年期の心理社会的危機を示す用語。同一性,自我同一性と訳される。「自分...

エリクソンによれば,青年期はアイデンティティを確立する時期であるとされています。 アイデンティティ達成までには,多くの青年が悩み模索する時期が続きます。その様な発達過程を経て,アイデンティティは確立されていきます。

では,反対にアイデンティティが確立できていない状態とは,どの様な状態なのでしょうか。
アイデンティティの達成状態について,面接法によって検査する自我同一性面接という手法があります。 自我同一性面接によると,アイデンティティの達成状態は,アイデンティティ達成,モラトリアム,早期完了,そしてアイデンティティ拡散の4つの状態に分けて捉えられます。

アイデンティティ拡散とは,自分の人生について責任をもった主体的な選択が出来ずに途方に暮れている状態であり,ネガティブな自己認識などが特徴です。

エリクソンは,アイデンティティ拡散の特徴として,次の7つをあげました。
①時間拡散:時間的展望,希望の喪失
②同一性意識:自意識過剰
③否定的アイデンティティの選択:社会的に望ましくない役割に同一化する
④労働マヒ:課題への集中困難や自己破壊的没入
⑤両性的拡散:性アイデンティティの混乱
⑥権威の拡散:適切な指導役割や従属的役割がとれない
⑦理想の拡散:人生のよりどころとなる理想像,価値観の混乱

どれも青春の頃に経験する悩みの代表たちですね。

自分の価値を求めて,悩んだり,時には自意識過剰に陥ったり,逆に自分のことを無意味な存在だと思ったり。勉強が手につかなくなる人,過剰に勉強に入り込んでそれだけしか見えなくなる人。 グレてみたり,「悪さ」に憧れたり。目上の人に対して,素直になれずにつっぱってみたり。理想とする存在を過度に神格化したり,裏切られたと傷つきやすいのもこの時期の特徴です。

この様に,アイデンティティ拡散の状態は,大なり小なり青年期の自己探求の中で誰しもが経験する症状なのです。 時として,青年期をきっかけに重篤な症状を呈する場合もありますが,多くは,自己喪失の状態は一過的なものであり,やがてモラトリアムを経て,アイデンティティ達成へと発達していきます。

アイデンティティ達成には,様々な選択肢を試していく危機の体験と,将来の職業などを見通した重要な事柄への積極的関与が必要になってきます。

また,アイデンティティの達成には,自分一人の存在だけではなく,周囲の人間の存在が大きな影響を及ぼします。 他者もまた,「自分というもの(=アイデンティティ)」を持つ存在として関わりあっていく中で,次第にその人の中に「自分とは何者であるのか」という自己認識への答えが形成されていくのです。

療育へのまなざし

アイデンティティの発達に関して,発達障害を持つ子に特徴的なことは,自己認識の柔軟性に乏しい点は考慮に入れておく必要があるでしょう。

自己モニタリングや他者との比較に,比較的脆弱性をもっていることも多いため,自己認識が変更されにくかったり,別の自己像を想像しにくい,受け入れにくいという特徴を持っています。
また,生来的に社会的自己や自己認識に対して無頓着なパターンを示す子も少なくありません。

学童期に学習のつまづきや,周囲との摩擦などを経験していると,自己評価が低くなっている子もいます。 その中には,社会的に望ましくない役割=非行行為を通して,自己を確立していこうと模索する子もいます。

勉強や社会生活へのエネルギーを消耗してしまい,活動性を失ってしまう子もいます。

いずれの場合も,社会的な評価が下がってしまう危険性を孕んでいる状態です。

この時期に大切なのは,大人が切り捨てるのではなく,支持的に接していくことです。 発達障害を持つこの中には,自己認識の変更が難しい子も少なくありません。この時期に不用意に貼られた「レッテル」は後々の人生にも大きく影響していきます。

社会的に許されない行為や危険な行為を見逃すことでは決してありません。しかし,アイデンティティの拡散に伴う模索行動に対して「レッテル貼り」をすることは大きな危険を伴います。

支持的に「悩める環境」をサポートしていく。また,アイデンティティ拡散の特徴を知っておくことは支援の引き出しにもなるでしょう。

また,この時期に大切なもう一つの要素は「居場所」の存在です。 自己認識の揺れ動く時期に,「自分が自分でいられる場所」の存在はとても貴重なものであり,大切なものです。 直接的なサポートだけではなく,環境調整を主とする様な間接的なサポートもこの時期には非常に重要になるでしょう。

可能性を試す経験を多くでき,人生にとって重要な事柄への積極的関与が出来る様な,情緒的,環境的な支持サポートを考えていけると良いのではないでしょうか。

ABOUT ME
まっつん|発達支援の心理屋
〈記事監修〉公認心理師/社会福祉士 大学・大学院で臨床心理学を専攻。主に愛着(アタッチメント)の発達とその認知過程について研究を行う。大学在学中より培ったグループワークを活かし放課後等デイサービスで発達障害を持つ子の支援にあたる。現在は発達支援の情報発信をしながら支援に携わる人に向けた「支援する人も楽になる働き方」コンサルやアドバイザーをつとめている。
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