【心の理論-theory of mind】
心理学辞典,有斐閣
心の理論とは,いろいろな心的状態を区別したり,心の働きや性質を理解する知識や認知的枠組み。
隠したチョコはどこにある?信念の理解と心の理論
人はだいたいの場合,人の意図的な行動の背景には何らかの思惑が存在することを経験的に知っていますね。 スーパーでにんじんとじゃがいも,玉ねぎ,カレールーを買う人がいれば,「あ,この人は夕飯にカレーをつくろうと考えて買い物をしているのかな」と予測したりします。
この,自分や他者の行動を予測したり,説明したりするために使われる,心の内面の状態についての知識や理解の枠組みの事を「心の理論」と呼んでいます。
人は成長にしたがって,こういう心の状態の時には,人はこういう行動を取るだろうなという理解が経験を通して深まっていきます。 理解の種類が増えていくと,次第にある程度一貫性のある説明や予測が可能になります。なので,それらの説明や予測のための知識や理解の枠組みの事を「心の”理論”」と呼んでいるのです。
重力理論は重力の動きや働きを説明したり,予測したりするための理論ですよね。
同じく,「心の理論」は心の働きによって,その後の行動を予測したり説明したりするための理論です。
さて,この「心の理論」ですが,その研究の始まりはチンパンジーの”あざむき行動”の研究からスタートしました。
チンパンジーは他の仲間にエサを取られないように,エサからわざと目をそらし,”知らんぷり”をすることで他の仲間の目をごまかそうとすることがあるそうです。これはチンパンジーが他の仲間が「エサの事を知らない」という心の状態にあることを理解しており,エサから目をそらし,あざむくという「誤った知識」を他の仲間に伝える,そして「誤った知識」を伝えることで他の仲間にエサの存在を気づかれずに済むという事を理解していることを示しています。
その後,人の発達の中でも同様の自分と相手の心の状態を比較したり,捉えることによって行動の説明や予測する一連の動きを「心の理論」として研究するようになりました。
「心の理論」は幼児期から次第に発達していくとされています。 例えば,子どもが話している時に「知っている」「覚えている」といった心の働きを示す動詞を使うようになるのは,2歳半ごろからと言われています。
自分の心の状態と同様に,他者の心の状態についても次第に理解を示していきます。
「心の理論」の発達を測る代表的なものは「誤信念課題」と呼ばれる課題です。 ある男の子がチョコレートを食器棚Aにおきました。男の子はその場を離れます。すると男の子がいない間にお母さんがやってきてチョコレートを食器棚Bに移してしまいました。さて,戻ってきた男の子はチョコレートを食べようとしてどこを探すでしょうか?
この様なストーリーを子どもに提示して答えてもらいます。
上の様な例では,実際にチョコレートがある位置(食器棚B)と男の子が信じている心の状態(チョコレートは食器棚Aにある)が異なっているために,誤った信念の課題=「誤信念課題」という名前がついています。
ある状況において,子どもは自分が持っている知識(チョコレートはお母さんが食器棚Bに移動した)と他者である男の子の視点(チョコレートは食器棚Aにあるはずだ)という2つの視点を同時に持ち,そこから他者の行動を予測する必要があります。 この様な課題を試していくと,子どもは4歳後半から5.6歳で他者の誤った信念を理解していくことが分かりました。
幼児期を過ぎると子どもも他者との意見の食い違いなどを経験していきます。その過程で他者も自分とは異なる一つの思惑を持った存在なのだという事を理解していくのです。 他者の内的世界の理解のためにはそういった日常的なやり取りの積み重ねは必要不可欠と言えるでしょう。
療育へのまなざし
自閉症(ASD)児では「心の理論」の理解に困難を示す子も少なくありません。その理由として,他者の心の状態を思い描く想像力の欠如や社会的文脈の読み取りにくさなどがあげられています。
また,日常生活において他者とのやり取りを通して発達していく「心の理論」では,相手の表情など社会的発信(ソーシャルキュー)を捉える事も相手の行動と思惑,心的状態の理解のためには必要になります。
上で示したような例は,「処理」と「受信」の2点に分けて考えることができます。 日常場面では情報量が多くまた散漫としているため,なかなか「心の理論」に関する学習が苦手な子も多いです。その様な場合はソーシャルスキルトレーニング(SST)の様に抜き出しで学習を補助していくパターンも多いでしょう。
その際,他者理解の視点として「処理」の次元と「受信」の次元とどちらに困難さをもっているか(両方の場合ももちろんあります)を見極めつつ,段階的にソーシャルスキルトレーニングを進めて行くことでより「心の理論」への学習は深まっていくでしょう。