【学習性無力感】
不可避な状況に対して生じる無力感。強制的・不可避的な不快経験やその繰り返しの結果,何をしても環境に対して影響を及ぼすことができないという誤った全般的ネガティブな感覚が生じることにより,解決への試みが放棄され「あきらめ」が支配する結果になる。(心理学辞典,有斐閣より)

〇逃げられるのに逃げない心理

生物は自分の身に危険が迫ったり,不快な状況に陥った時は通常は,それを回避するための行動を取ったり,その場から逃げたりします。
しかし,逃げたくても逃げられない様な状況に長くさらされていると,逃げられる状況になっても「逃げることをしなくなる」場合があるのです。セリグマンという心理学者はイヌを用いてとある実験を行いました。

〇セリグマンによる学習性無力感の実験

まず,イヌを2つの部屋でできた実験装置の中に入れ,片方の部屋の床に電気ショックを与えました。すると,イヌはすぐさま電気ショックが無い方の部屋へ逃げ込みました。
イヌは電気ショックが来たら,別の部屋に逃げるという行動を学習したことになります。次に,イヌに縄をつけ部屋の移動ができない状態で,同じように電気ショックを与えました。イヌは最初はもがいたり,逃げようとしたものの,次第に電気ショックを避けることができないとわかると,じっと電気ショックに耐える様に動かなくなりました。この後,また最初と同じように,縄を解いて隣の部屋に逃げられるようにして電気ショックを与えたところ,イヌは逃げられるにも関わらず,その場でじっとうずくまって電気ショックに耐える様になってしまったのです。なんともかわいそうな実験なのですが,この実験でわかったことは,自分の行動によって不快な状態を避けることができないと学習すると,逃げられる状況になっても不快刺激を避けなくなるという事です。
まさに,自分の力によって不快な状況を避けることができない,自分は無力だという事を学習してしまったのです。

この状態を「学習性無力感」と呼びます。

〇イヌとちょっと違う人の場合-原因の帰属

イヌによって検証された「学習性無力感」は,後に人に対しても研究されていきました。

人の場合,イヌと異なるのは,「状況の認知」の仕方が影響するという点です。

これは,つまり人は状況を分析して,不快な状況の結果が「自分の力によるもの」なのか「外部の力によるもの」なのかを結果と結び付けて考えます。
これを「原因帰属」といいます。

学習性無力感は,状況へのコントロールの不能感が影響します。つまり,結果に対して「自分の力不足のせいだ」と認知することで,人の学習性無力感は形成されてしまうのです。

逆に言えば,同じような逆境の中にあっても,学習性無力感を呈する人とそうでない人がいるのは,原因を「自分」に求めるか「外部」に求めるかという差でもあるのです。
この点は,認知行動療法などでもよく取り上げられるテーマです。

〇学習性無力感が与える影響

学習性無力感に陥ると,いわゆる抑うつ状態となることが知られています。

意欲や動機の低下といった心理的側面,食欲不振や免疫低下といった身体的側面に影響を及ぼします。
また,回避できない不快な出来事にさらされていくと,次第に,それまではできていた様な簡単な課題も失敗するようになり,ついには課題の解決自体をあきらめてしまうようにもなります。

〇人間社会の中で見られる学習性無力感

学習性無力感の影響をみていくと,いわゆる学校不適応との関連性がよく見てとれます。
例えば,学業不振の場合,繰り返し繰り返し怒られ(不快刺激にさらされ)ながら課題に取り組んでいると,次第にできていた問題でも解き間違えをするようになり,勉強への意欲を下げていく。そして,また問題が解けないために怒られる,といった負のループに陥ることも。また,いじめの問題にみられる心理的状況も学習性無力感からひも解くことができます。いじめという抗えないような環境は,次第に抗うエネルギーを奪っていき,部屋の中でじっと電気ショックを耐えていたイヌの様に嵐が過ぎ去るのをただ待つという行動に陥ってしまう場合もあります。
また,学習性無力感が進むと,いじめを回避できるのに回避しないというパターンにもなることがあり,これを端から見ると,「普通,逃げたかったら逃げるだろう。あの子は逃げないのだからきっとふざけあっているだけだろう」という間違った解釈を生んでしまう危険性も孕んでいるのです。
これは,DVなどの例にも同じくいえることでしょう。学習性無力感の怖いところは,この「逃げたくても逃げられなくなる」というところにあるのです。

〇療育へのまなざし

学習性無力感の状態は,自分の力では周囲をコントロールできないという,統制不能感がその根底にあります。
療育として考えた場合に,想定できるのは,学習性無力感を生じさせないような予防的観点と,学習性無力感がすでに形成されてしまった子への対応という2つに分けられるでしょう。まず,学習性無力感を生じさせないような関わりについて考えてみましょう。そもそも,発達障害を持つ子やADHD傾向のある子では叱責を受けやすい子が多くいます。
本人としては注意しているつもりでも抜け落ちてしまったり,上手くできなかったり。そんな状況で繰り返しの激しい叱責を受け続けると,状況に対する統制不能感は強まっていき,「自分は何をやってもダメだ」と思いがちになります。また,怒られ方として「あなたの○○がいけない」といわれると,どうしてもできなかった原因を自分の能力に帰属しやすくなります。これも学習性無力感を引き起こす要因の一つとなります。

どうしてできないのか,と問うことが支援や教育ではありません。どうしたらできる様になるのか,子どもと一緒になって考え実践していくことが支援のスタートなのではないでしょうか。

さて,学習性無力感の対義語的な位置にある概念として,「自己効力感」というものがあります。
自己効力感は,行動をコントロールし,効果的に課題を遂行できるという自分の能力に対する確信のことです。

学習性無力感への予防の一つとして,この自己効力感を育んでいくような関わりもまた重要です。
自己効力感は,自分の力で課題を解決できるという信念が基になっているもの,成功体験の積み重ねが重要になります。

発達障害の子だけに限らない話ですが,成功体験の積み重ねを期待するためには,適切な課題設定が必要です。
その子にとって,難しすぎる問題ではそもそも成功することができませんが,簡単すぎる問題でも達成感を感じることはできません。

簡単な課題の繰り返しが無意味なわけではありませんが,その子にとって「ちょっと頑張ってできた!」という体験を積み重ねていけることが非常に大切です。

その為に,課題の設定者は現在の学習到達度やスキルの到達度をしっかりと把握して,スモールステップで課題を考えていくと良いでしょう。

一方,すでに学習性無力感が形成されていしまっている子に対しては,どの様な対応が考えられるでしょうか。

すでに学習性無力感が形成されていしまっているこの場合,まずその誤った学習を修正していく必要があります。

自分の力ではどうすることもできない,自分はどうせ何をやってもダメ。その様な信念を肯定的フィードバックや,認知の帰属を変化させていくことで徐々に修正していくことが必要です。
また,適切なスキルの学習等を並行していくことで,成功体験を積める様な環境設定を考えていくことも重要なことでしょう。

小学校高学年から中学生ぐらいにかけては,社会的な認知も発達し,次第に自分と周囲との関係性を認識できてくる頃です。この時期に同じくして学習性無力感が形成されやすいとされています。
思春期という多感な時期に入っていく頃でもあり,アイデンティティの形成の初期でもあります。人生において重要なこの時期には,より一層の適切な支援や関わり方を考えていきたいところです。

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