療育のキーワード

【療育プチコラム】アイデンティティ~「自分」という存在~

【アイデンティティ】
E.H.エリクソンの人格発達理論における青年期の心理社会的危機を示す用語。同一性,自我同一性と訳される。「自分は何者か」「自分の目指す道は何か」「自分の人生の目的は何か」「自分の存在意義は何か」など,自己を社会の中に位置づける問いかけに対して,肯定的かつ確信的に回答できることがアイデンティティの確立を示す重要な要素である。

心理学辞典,有斐閣

アイデンティティとその確立

自分とは何者であるのか?

青春の悩みの多くは,自分という不確かな存在に意味を見出していくこと,歌の歌詞にありそうなフレーズですが,心理学の世界では,E.H.エリクソンという人が,青年期の心理社会的発達課題は「アイデンティティ 対 アイデンティティ拡散」であると主張しました。

エリクソンはライフ・サイクルの視点から人間の精神発達を8つの段階に分けて,それぞれに心理社会的発達課題があるとしました。

青年期では,「自分が自分であること」「自分は私以外の他者とは異なる存在であること」を中核としたアイデンティティの確立がその発達課題となっています。

青年期は,第二次性徴に伴って,身体的にも急速に成長し,また,学校や社会の中で自発的に活動する機会も増えていきます。それに伴って,家族や親に依存していた「守られる存在」の子どもから,一人の自己としての独立を果たしていく時期でもあります。

義務教育の終わりもその時期です。中学校を卒業すると,高校へ進学したり就職したりと,今までの予め決められていたルートではなく,自ら進路を選んで進んでいきます。 その際には,自分はどんな存在として社会に関わっていきたいのか,といった問題をおぼろげながらでも考えていくことになります。

また,青年期になると恋愛や友人関係など,周囲の対人関係の悩みも増えていきます。その過程で,価値観や人生観についても大きく揺さぶられるような時期でもあるでしょう。
その様な葛藤の時期に,直面する問題に対してひとつひとつ自己決定していくことで, 「自分とは何者であるのか」という意識を次第に確立していきます。

この意思決定を迫られることこそ,青年期における心理社会的危機であり,その悩みを通して「アイデンティティ」を確立していくことが発達の課題となるのです。

アイデンティティの達成状態とその過程

アイデンティティは「自分とは何者であるか」という,時間空間を超えた自己認識と言えます。
では,そのアイデンティティはどの様な過程を経て,達成されていくのでしょうか。

J.E.マーシャによって開発された面接法によって,その人のアイデンティティの状態がどの地位にあるのかを計測することができます。

アイデンティティの地位は次の4つに分類されます。
①アイデンティティ達成
②モラトリアム
③早期完了
④アイデンティティ拡散

この面接法では,アイデンティティの達成に対して,いろいろな選択肢を試すなど危機を経験してきたかと,人生の重要な領域である職業へのコミットメントの程度,という2つの視点からアイデンティティの地位を分類します。

一般的には,早期完了型・アイデンティティ拡散型からモラトリアム型に移行し,アイデンティティ達成型へとつながるとされています。

しかし近年,大学全入時代と言われるように高学歴化が進んだり,専門技術の修得まで長い時間がかかるようになったりと,青年期の延長などの現象が起きています。

エリクソンは,青年期の発達課題として「アイデンティティの確立」をあげましたが,現代社会においては,その達成は青年期だけの問題ではなくて,生涯にわたる課題とも言えるでしょう。

療育へのまなざし

アイデンティティの確立に際しては,自己への肯定的な感覚が非常に重要になります。

発達障害を持つ子の場合,周囲と比べて出来ることの遅れや,情動調整の弱さなどから,相対的に自己感覚への傷つきを感じやすい子は少なくないでしょう。 青年期にぶつかる様々な問題や葛藤は,なかなか避けて通ることはできません。やはり,青年期以前までに出来るだけ自己肯定感を育むような関わり方が必要になるでしょう。

幼児期や学童期における成功体験や,好きなものを楽しめる時間を保障することは,自己肯定感を育むうえでもっとも基本的な事項です。 そして,それだけではなく,幼児期や学童期から大人や保護者の保護を得られる状態で,自己決定をしていく経験は,青年期の心理社会的危機を乗り越える上で力強い後押しになります。

幼児期や学童期では,まだ知識や経験も不足しているため自己決定には危険が伴う部分もあるでしょう。なので,大人や保護者の保護を得られる状況=「間違えても大丈夫」な状況で,自己決定の経験を繰り返し,練習しておくことが青年期の危機に臨む力になります。

また,発達障害を持つ子では,自己決定において,選択肢を多く想像しにくいという困難さを伴うことも多いです。 青年期の葛藤において選択肢が狭まることは,不利な結果を招いてしまうことにもなります。

その結果,アイデンティティの達成を困難にしてしまう(=アイデンティティの拡散状態に陥る)場合もあります。

視野の狭さは発達障害の特徴の一つでもあります。青年期の危機を見越して考えた際には,幼児期,学童期の頃から自己決定の練習を行うことに併せて,選択肢を広げていくことも大切な練習の一つといえるでしょう。

ABOUT ME
まっつん|発達支援の心理屋
〈記事監修〉公認心理師/社会福祉士 大学・大学院で臨床心理学を専攻。主に愛着(アタッチメント)の発達とその認知過程について研究を行う。大学在学中より培ったグループワークを活かし放課後等デイサービスで発達障害を持つ子の支援にあたる。現在は発達支援の情報発信をしながら支援に携わる人に向けた「支援する人も楽になる働き方」コンサルやアドバイザーをつとめている。
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